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2008年9月

阿波勝哉

阿波 勝哉(あわ かつや、1973年4月18日 - )は、東京都練馬区出身の競艇選手。登録番号は3857。ファンからのニックネームは「アワカツ」。A1レーサー。

経歴・人物
1996年に多摩川競艇場でデビュー、初優勝は2002年蒲郡競艇場にて。2005年に常滑競艇場で行われた笹川賞競走でSG初出場を果たした。
イン絶対の競艇界に挑戦をするような感じの、アウト一貫のアウト屋。1号艇であっても絶対6コース進入と言うほど、そのアウト一筋の戦法は異色的で注目されている。得意戦法はまくり。チルト角度は出場する競艇場の限界角度(平和島競艇場であれば3.0度)。エンジン整備においては伸び重視。と言うような阿波仕様と呼ばれる独自の戦術も彼ならでは。ちなみに、過去チルト3.0度にして大外から挑んだ選手もいたが、ターンできずに転覆したほどで、改めて彼の独自性に注目を集めることになった。
トーキョーベイパイレーツのメンバー。

エピソード
スタートが命であるアウト屋ゆえに、フライングを切る本数も多く、期間にフライングを3本切ってしまった事が2回ある。

1999年に初めて期間フライング3本を切った時は3月から9月まで、実に半年もの間、フライング休みとなった。その間、無収入となり、家のローンの支払いにも迫られていたので、阿波は5ヶ月もの間、建設・建築関係のアルバイトとして仙台や新潟など、各地の工事現場を回って1日1万円の日当で働き続けた。

2006年の笹川賞のファン投票では、阿波は当時B1にクラス落ちしており、選出権利がないにも関わらず、全国各地の競艇場で投票用紙に阿波の名前が載っていない事への問い合わせや苦情があった。その事からも阿波の人気の高さが伺える。
2007年3月3日から平和島競艇場において販売されている「チルトサンド(カツサンド)」は、阿波の人気にあやかったものであり、売り場にはチルトサンドを食する阿波の写真パネルが飾られている[2]。(平和島競艇場のチルト角度は3度まで設定可能で、「アワカツ」+「チルト3度」から)

内田和男が実況する時には「6コースはもちろんこの人○号艇、阿波勝哉」とアナウンスされる

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阿波連二美子

阿波連二美子(あはれん ふみこ、1970年6月27日 - )は、沖縄県出身神奈川県在住の競艇選手。 登録番号3525。身長155cm。血液型O型。68期。東京支部所属。二児の母親である。B1レーサー。

来歴
1991年デビュー。デビュー以来(二度の産休を挟みながら)目立たない地味な成績が続いていたが、2003年9月に宮島競艇場で行われた女子リーグ戦競走第13戦でデビュー初優出。その頃を期に成績も上昇し、2005年後期はデビューして初のA2級となった(2006年前期もA2級)。2007年の女子王座決定戦の出場選手選考は僅かながら得点が足りずに補欠1位となったが、高橋淳美選手が欠場届けを出した事により、繰り上がり出場が決まった(4年連続5回目)。

人物・エピソード
スタートは遅いものの、最後まで諦めない気持ちと鋭い小回りターンで順位を上げていく捌き型の選手である。
3着になる事が非常に多く、二連対率と三連対率の差が非常に大きい。
明らかな年下選手相手でもコースを取りに行かない、逆にコースを取られてしまうなど性格的に控えめな面があり、その点を克服すれば初優勝も現実のものになるであろうと言われている。
一瀬明、佐藤雄治らと川崎スクーターズというペラグループを組んでいる。
同期で同学年の笠野友紀恵選手と仲がよく、2006年のJAL女子王座決定戦競走選手紹介式では出場出来なかった笠野選手に向けてメッセージを発した。
競艇オフィシャルサイトのダウンロード出走表では「阿波連二」と男性のような名前で表記されるために、某掲示板では阿波連選手のことは「アニキ(兄貴)」という愛称で呼ばれている

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足立かなえ

足立かなえ(あだち かなえ、1984年8月20日 - )は、千葉県市原市出身の、競艇選手。登録番号は4341、96期生。東京支部所属。身長157cm、血液型はB型。現在千葉県市原市在住。父、母、兄との4人暮らし。師匠は石渡鉄兵、作間章。

来歴
千葉県立市原緑高等学校卒業後、3回目の受験で合格。96期生としてやまと競艇学校に入校。やまとでの成績は勝率:3.91、2連対率:15%。初出走は2005年5月に平和島競艇場第5回日刊ゲンダイ杯にて5着。初勝利は2005年11月にびわこ競艇場で行われた「第16回GIIIびわこプリンセスカーニバル 女子リーグ戦第16戦」の4日目の11月16日の6レース。決まり手は6コースからの「抜き」。3連単の配当は128,560円で120組中119番人気だった。

人物、エピソード
競艇選手を志したのは元競輪選手である父の勧め。ちなみに作間章と知り合ったきっかけは、父の競輪選手の先輩が作間章の父と仲が良く、足立のことを頼んでくれた。
2006年5月に多摩川競艇場で行われた「GIIIモーターボートレディスダービー」の選手紹介式にて選手宣誓を行い「私たち、萌え萌え48名は、最終日まで、ご主人様のご来場・ご指名を心よりお待ちしております」と宣誓、場内の笑いを誘った。宣誓文は金田幸子に相談して作った。
名前の「かなえ」の由来は「わらべ」の倉沢淳美演じる「萩本かなえ」から。
目標とする選手は寺田千恵や濱村美鹿子。
好物はチョコレートとせんべい。苦手な食べ物は野菜。
愛読誌は「ViVi」や「sweet」。出没スポットは「ららぽーと」や千葉駅前の「そごう」など。
現在実家では、足立の父と母が二人で花屋を営んでいる。好きな花は「ひまわり」。

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淺田 千亜希

淺田 千亜希(あさだ ちあき、1972年9月29日 - )は、徳島県徳島市出身の競艇選手。 登録番号3645。身長151cm。血液型O型。72期。徳島支部所属。師匠は濱村芳宏。ニックネームは「チャッピー」。A1レーサー。

来歴

1993年5月鳴門競艇場・一般戦でデビュー、1993年7月児島競艇場・一般戦で初勝利、1997年6月下関競艇場・一般戦で初優勝、9月の芦屋競艇場女子リーグ戦優勝でこの年2回目の優勝としたが、その後3年間優勝無し。2000年10月児島競艇場・女子リーグ戦で久々の優勝を挙げると、翌2001年は優勝5回の大活躍。その後もコンスタントに優勝し、現在通算26優勝。

SG出場 2002年3月の平和島競艇場・総理大臣杯・2006年10月福岡競艇場・全日本選手権競走(通称ダービー)に出場 10月26日SG初勝利
女子選手勝率第1位 2005年前期と2006年前期の2回

記録
連続優出 9(2004年9月 住之江~2005年1月 下関)
(1)住之江→(2)江戸川→(3)津→(4)琵琶湖→(5)若松→(6)平和島→(7)尼崎→(8)唐津→(9)下関
年間最多優出 16(2004年)
年間最多優勝 6(2007年)
(1)住之江(2)多摩川(3)浜名湖(4)住之江(5)児島(6)徳山
連勝記録 10(2007年11後半まで)

人物・エピソード
小1から水泳をやっていて、高校時代は飛び込みの選手だった。
比較的フライングが多く、F2(期間フライング2回)になることもしばしば。
フライングを持っていてもスリットを攻めて来るので外枠で人気薄のときに高配当を提供月26日:児島競艇4日目後半 ~ 12月4日:徳山競艇4日目

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